どっちでもいい

2020/05/09 ブログ
札幌のヨガスタジオミガク

札幌のヨガスタジオミガク小林です。

 

誰にでも体の使い方には偏りや癖があります。これは生活習慣や仕事が主に関わってくるので、自然なことだと思います。

 

では、体の偏りとは具体的にはどういうことでしょう。

 

・筋力の強いところと弱いところ

・動きの柔らかいところと固いところ

・縮こまっているところと伸ばされているところ

・動き過ぎているところと動いていないところ

 

分かりやすいのはこんなところでしょうか。これを読んだ瞬間、なんとなく優劣をつけていませんか?良いとか悪いではなく、ただそういう状態である、というだけです。確かに、偏りが強くなると、どこかに不調が出る可能性は高まるかもしれないですけど。

 

ヨガのアーサナには長年培った偏りを矯正する効果が期待できます。気持ちよく動く程度にやっていても、十分その効果はあります。でも、より意識的にアーサナをやれると、その効果はもっと高まります。

 

ただ、自分で日々アーサナの練習をしていても思うのですが、癖や偏りの矯正って難しい。自分の動きやすいようにやることは、それは即ち癖のまんまに動くことです(もちろん、癖がとれて動きやすくなっているものもあります)。反対に、アーサナをキツいと感じるのは、動かないところを動かそうとしたり、固いところを伸ばそうとしていたり、弱いところを使おうとするからです(どうやったってしんどいものもありますが)。

 

このことを考えるとき、思い浮かんだ例えは『語学留学』です。英語を話せるようになりたいと、アメリカに留学したとします。話せるようになるための近道は、とにかく英語で話すことですよね。では、アメリカの学校で日本人と出会ったとします。あなたなら英語です話しますか?会話しやすい日本語で話しますか?英語を話せるようなるという目的を達成させたいなら、日本語で話すより英語で話そうとした方がいいのは明白です。うまく伝えられなくても、です。でもちょっと苦痛ですよね。楽に話せる日本語があるのに、敢えて意思疎通に難のある英語で話し続けるのは。もどかしいにも程がある。すぐに甘えが出て、日本語使っちゃったりして。

 

偏りや癖の矯正も同じことです。アーサナを楽にできるやり方でやることもできるんです。でも敢えて、普段使い慣れていないやり方でやることで、少しずつ矯正が成されていくのだと思います。

 

ただし!です。

目的なんです。英語を話せるようになることが目的ではなく、海外で生活することが目的だったとしたら、どうでしょうか?言語はコミュニケーションのツールとしてあるわけですよね。誰かに思いを伝えたり、相手の伝えたいことを理解しようとしたり。だとしたら、日本人相手に日本語で話して何が悪い、っとことですよね。海外で生活していたら、その人に必要な英語力は嫌でも身につきます。現地で日本人コミュニティの中でしか暮らさないなら、英語を話せるようにはならないかもしれないけど、必要がないなら問題ないし、海外で生活するという目的も果たせています。僕はそれでも全然いいと思います。

 

癖や偏りを矯正しようとアーサナをするなら、上にも書いたように、多少のキツさには耐えた方がいいでしょう。でもそうではなく、もっと楽な気持ちで、日常で緊張した心身をほぐす目的でアーサナをするなら、そこまでがんばる必要はありません。とにかく呼吸を大切にしてマインドフルにやれたらいいんじゃないでしょうか。

 

 

ちなみに、以前の僕は『偏り=悪』という考え方でした。今でも自分の練習では、弱いところを強く、固いところを柔らかく、動き過ぎているところは抑え気味に、動かないところにアプローチし、縮こまっているところを開き、伸ばされているところは引き締めます。そういうやり方が好きなだけです。そんなわけなので、僕のクラスでも、同様の指導をしていました。

 

が、今は考えが変わりました。どっちもいいんじゃない?って感じです。昔はスパルタ気味でしたが(気味じゃなく完全にスパルタ)、今は全然です。アーサナのやり方は、矯正方向の指導やアジャストメントをしますが、それをどこまでやるかは本人に任せます。

 

がっ(再び)、既に偏りや癖により身体に不調が出ている方には、意識づけができるまではしつこくやり方の指導が入ります。ウザがらないでください。

 

まだしばらくウザい指導ができなさそうなのが残念なところです。

 

ではまた。