過保護ではない

2020/08/26 ブログ
助手席に乗せろアピール

今年は、初めて赤トンボを見た日と初めて蝉の声を聞いた日が同じでした。赤トンボと蝉に対して勝手なイメージを抱いているので、なんだか変な感じがしました。

 

 

話は変わって、以前のホームページでは、外部のブログサイト(と呼ぶのかな)を利用していたので、なんというかスタジオミガクのブログでもあるんだけど、ボク個人的なブログでもあったような感じだったんです。だけど、今のは同一サイト内にあるので、ヨガとは関係ない個人的なことはなんとなく書きづらくなってしまいました。結果、更新が滞る滞る。以前はどんだけヨガと関係ないこと書いてたんだ、って話ですよね。

 

というわけで、今回はヨガとは関係ないことを書こうかと思います。

先日、クラスの前に話していたことなんですけど。僕は自分のことを話すときには、「犬に対して過保護なんです」と言います。が、他人から「過保護だね」と言われると、「いや、そんなことない」と答えます。

 

犬をちゃんと世話したことない人や、昔の人はよく言いますね、「過保護だ」って。「動物なんだから」とも言います。それに対する僕の反論はこうです。

 

もし、犬が人間と生活することなく、ずっと野生でいたのなら、確かにおっしゃる通り。でも、人間と暮らすようになり、人間の都合によって可愛がられるような姿・形になるよう交配させられた犬や、本来生息していた地域とはまったく環境の違う地域に連れてこられてしまった犬には、昔のような飼われかたは酷だ、と。

 

動物がその姿・形であるのは、その地域の環境で生きていくためですよね。ライオンはロシアには生息しないし、シロクマはサバンナにはいない。沖縄県民は自分のワードローブだけでは札幌で暮らせません。食べ物にしても然り。

 

 

という理屈をこねくり回して国から頂いた給付金でお犬様のためにアパートにエアコンを取り付けたことを全肯定するコバヤシでした。

 

ではまた。

良きヨガライフを。