いいことをしているとき

2020/08/28 ブログ
十勝岳

『あばれはっちゃく』とい名前を聞いたのが何十年ぶりかで、何だか楽しくて嬉しい気持ちになりました。40代以降の人は知ってるかなぁ。

 

 

 

昨日のブログで、

 

「ヨガの本(哲学関係)を読んでいるときに自分が考えていることや、行い、振る舞い、ヨガクラスが、あまり良くない。好きではない。」

 

と書きました。それには理由があって、その理由の前にこれを読んで欲しいんです。糸井重里さんがコラムか何かで書いていて、僕は「このことは覚えておかなくてはいけない」と思って、iPhoneにメモったのでした。

 

 

 

「いいことをしているときには、悪いことをしていると思うくらいがちょうどいい」

というのは、吉本隆明さんの教えてくれたことで、経験を重ねるほどに、身にしみてわかるようになった。

 

「いいことをしている」と思っている人は、どうしても、他の人たちが、「いいことをしてない」ものに見えやすい。

「どうしていいことをしないのか」と、そういう人たちを責めるようになりやすい。

 

また、「いいことをしている」つもりなのに、人びとがそれに付き合ってくれないと、そういう人たちのことを、遅れた人たちだとか、バカな人たちであると思ってしまうことにもなりやすい。

 

「いいことをしている」人が、認められないのは、「わるい世の中」であると決めつけてしまいやすい。

世の中は、どんどん悪くなるばかりだと思い、そんな悪い流れを変えるという「いいこと」のためには、多少の嘘も方便であるという考えにもなりやすい。

 

 

 

ヨガの教えって、すごく「いいこと」が書かれている。そういうのを勉強すると、ヨガを伝えることを仕事にしている僕としては、やっぱりそうあらねばならない、と思ってしまうんです。そうすると、糸井さんの(吉本さんが)言っていることを忘れてしまいやすくなり、まさにこういう状態に陥りやすくなります。自分でもちょっと息苦しいんですけどね。

 

あるとき、またふと気づく(思い出す)んです。糸井さん(吉本さん)が言っていたことを。そして、またやっちゃっていたよ、と残念な自分に気づく。

 

ヨガの教えが悪いのではなくて、ただただ僕が未熟なんですよね。

これが昨日のブログ内の発言の元となった理由です。

 

 

これは誰にでも起こり得ることです。コロナ禍にある今は特にありますよね。思い当たることがあるのではないでしょうか。

 

 

ではまた。

…あっ!ほらっ!

予言するとその内容を書かない!

 

またいずれ。

大した内容じゃないけど。

 

ご機嫌よう。