ドリシティと気合い

2021/05/21 ブログ
カッコつけてみた

花粉症の薬とマスクのお陰で、この時期を信じられないくらいに快適に過ごせている小林です。

どうもこんにちは。

 

 

 

練習を見ていて思うこと。

たくさんありますけど、その中の2つ。

 

ドリシティ(アシュタンガヨガでアーサナのときに定める目線のポイント)が本来定める位置より遠くにある人は、考えごとに意識が向いているか、体をどうこうすることに意識が向いていて、呼吸にまでは意識が届いていないように感じます。

 

太陽礼拝のエーカムや、ヴィラバドラーサナAで親指を見ずに天井を見る人。

トリコナーサナA・BやパールシュヴァコナーサナA・Bで中指を見ないで天井や先の方を見る人。

ウッティタ・ハスタ・パーダングシュターサナの最初の前屈と最後のバランスで母趾を見ないで壁や遠くを見ている人。

シルシャーサナで鼻を見ないで遠くの壁を見る人。

 

などなど。

 

ウッティタ・ハスタ・パーダングシュターサナやシルシャーサナで正しいドリシティにするのは、これらのアーサナに熟達しないと難しく感じるかもしれません。もちろん段階はあるので、慣れるまでは遠くを見ていてもいいのですが、徐々に近づける練習はした方がいいと思います。

 

また、アーサナに入ってから頭や視線を動かす人は、現状に不満があるんだろうなぁと思います。理想は置いといて、いま自分ができたところで呼吸に専念していられれば、ドリシティがブレることはないでしょう。それも一つの訓練だと思います。

 

 

 

セカンドのラグバジュラーサナで起き上がれなかったり、起きてこれるけど苦労している人たちは、大抵の場合、首やお腹などの体の前面を緊張させています。それはおそらく、「起きてやる!」という強い気持ち(気合い)がそうさせてしまうのでしょう。だけど言っておきます。体の前側を働かせれば働かせるほど、起き上がるのは困難になります(起きてこれないわけじゃないかど)。気合が邪魔してるんです。まぁ気持ちは分かりますけど。

 

多分、5呼吸している間も、起きてくることばかり意識しているんだろうなぁと思います。そうじゃなくて、呼吸に専念して、上半身はリラックスです。上半身を起こしてこようとするんじゃなくて、それはただ下半身についてくるだけです。

 

もう少し具体的に言うと、気合が強い人は腹筋や首を緊張させてしまうことが多いけど、そうすると、反ることでできていた体のアーチが崩れて、頭が(わずかですが)遠くに行ってしまい、余計に持ち上げる力が必要になります。

 

それに対して上体をリラックスさせられている人は、起き上がるときに下半身が働くと、むしろアーチは強まります。頭は遠ざかるのではなくて、近づいてくる感覚です。意図的に近づけようとするわけじゃないですよ。それはリラックスではありません。リラックスできていると、勝手にそうなるということです。

 

上体が間伸びするか、コンパクトになるかの違い。

上体を含めた体全部を下半身の力で持ち上げようとするか、下半身を起こしてこよう(上体はただそれについてくるだけ)とするかの違い。

 

他の例えだと、釣りをしていて魚がかかったとき、斜めに寝ていた竿を引いて立てます。すると、竿はしなってアーチが強くなりますよね。

 

お腹や首を緊張させてアーチを減じさせる人は、しならない鉄のような竿で魚を釣り上げようとしているようなものです。しなりがないのを想像してみるとちょっとしんどそうでしょ?

 

下半身には最低限の力は必要ですが、それはラグバジュラーサナの前のダヌラーサナとかで強化しておくといいと思います。しんどくてもしっかり蹴る。脚が開いてしまう人は、内腿の力を強化する。きつくても脚を広げない。踵をくっつける。ラグバジュラーサナに来てから強化しようとしないでね。

 

そして、リラックスするためには、意識を先に向けない。今の呼吸に向け続ける。余計な気合も入れない。変な力みを生んで、余計にアーサナをしんどくします。そのためにも呼吸は止めない。起きるときは吸い続ける。

ちなみにドリシティは鼻です。

 

 

そんな感じでいかがでしょうか。

ではまた。

ご機嫌よう。