きっと世界にいるという3人のうちの1人だ。

2021/07/30 ブログ
変わりました

今までいろんな人(ほぼスポーツ選手)に似ていると言われてきました。髪が短く、目が細く、髭があり、おでこが広めで、やや頬骨が出ている人。例えばサッカーの中田英寿さん、格闘家の須藤元気さんなど。

 

大抵、他人から言われる「似てる」には、本人は「そうかなぁ」という程度の感想しか持てないのですが、中には僕から見ても似てる!と驚くほどの人がいます。最初に言われたのはおそらく7〜8年くらい前なのですが、それから現在に至るまで、ちょいちょい言われ続けています。なぜまた急に言い出したかというと、旬だからです。

 

オリンピックのサッカー日本代表で試合に出場している吉田麻也選手。いつかスタジオでかくし芸大会があれば(ないけど)、芸のない僕はサッカーのユニフォームを着て出てやろうと思っているくらいです。ググってください。写真によっては小林そのものです。身長もだいたい同じくらいですしね(ウソつけー)。明日からリトル麻也って呼んでもいいですよ。

 

 

 

無駄に雑談を長くしてしまった。

アシュタンガヨガを毎日練習していると、やりたくない日があります。途中でやめたくなる日もある。体が重い日や、気分が乗らないとき、どこかが痛むとき、何か気になっていることがあるとき、などなど。

 

いろんな要素がある中で、最近になって思ったことがあるんです。意外なものでした。

 

「これって良いものだとは思うけど、諸刃の剣かもしれない」

 

これがあると、というか、それを強く持ったままで練習してしまうと、途中で嫌になる原因となる。それは『向上心』。より良くなりたい、この想いをマットに立つモチベーションとするのは悪くないのかもしれない。だけど、それを持ったまま練習をしていると、いまの自分が感じていることが蔑ろにされることがある。痛みがあるとき、調子が悪いとき、それを尊重した練習ができればいいのですが、「より良いアーサナ」を目指すばかりに、自分を苦しめるような練習をしてしまう。僕は他人に競り勝って金メダルを取るためにヨガをしているのではない。昨日の自分を超えるためにヨガをしているのでもない。アスリートじゃないんだから。

 

いろんなヨガのやり方はあると思うのですが、結果として向上するのは歓迎だけど、向上心という名のもとにする、より良い理想の自分への義務感みたいなものは、いまの僕は脇に置いておきたい。ただ自分であること。そういう練習をしているような気がします。

 

 

 

ヨガのときもマスクを着用しておくのは、コロナ禍においては必要なことかもしれませんが、熱中症にならないように気をつけてくださいね。