サティヤ、且つ、サントーシャ

2021/08/22 ブログ
利尻とろろ昆布 うまし!

利尻出身の方にお土産でいただいたとろろ昆布。めーっちゃ懐かしいとろろ昆布。最後に食べたのは何年前だろう。

いろんな食べ方があるでしょうが、とりあえず白米と食べてみた。うまい。うま過ぎるではないか。結局全部を白米のお供にしてしまいました(一気に全部食べたわけではないですよ)。

手の込んだものはうまいけど、シンプルなものも実にうまい。ご馳走さまでした。

 

 

 

さて、昨日のブログに「私は盛らない」と答えた方。本当ですか?盛ってませんか?盛るのは話だけではありませんよ。アーサナだって盛る対象です。

 

分かりやすい例を挙げると、コレです。

ウッティタ・ハスタ・パーダングシュターサナ

ウッティタ・ハスタ・パーダングシュターサナ

 

本来は上の写真のやり方が正しいです。軸脚を真っ直ぐに伸ばして、背筋も伸ばす。

 

だけど、こうやっている人いませんか?

盛りウッティタ

持ち上げた方の脚を高く上げているようにみせるために、軸脚のひざを曲げ、体を背後に傾ける。

 

はい、盛ったー!

 

嘘とまでは言いませんが、正直さには欠けますよね。軸脚のひざを伸ばし、背筋を伸ばしたときに上げられる高さが、その人の実力です。それが例え理想の高さでなくとも、それを受け入れて、ありのままでいることが正直な態度です。盛る必要なんてないです。

 

話を盛る人はその場を盛り上げ、その場の人たちを楽しませるのが目的でしょう。「俺、おもろいでしょ」という承認欲求の人もいるでしょうけど。

 

だけど、アーサナで盛っても誰も得しません。自分が一番よく分かっているだけに、虚しくなるだけです。より良く見せようとしなくていいです。

 

このアーサナはほんの一例です。他にもたくさんあります。盛りアーサナが。気づかずにやっている人もいますけど、気づいてやっている人もいますよね。あまりに正直すぎると、楽しい気分になれない人もいるかもしれない。必要はないと分かっていても、盛りたいこともあるでしょう。盛ることはダメだ!と断罪するつもりなんてありません。間違いだ!というつもりもありません。ただ、盛っていることに気づいて欲しいし、なぜ自分が盛るのかを考えて欲しい。理想ばかり追いかけないで、もっと気楽にやってくれたらいいんですよ、と思います。

 

 

 

昨日が最後の夏なんじゃないかと、仕事終わりにサイクリングに出かけましたが、あまりの向かい風の強さに負けました。

気持ちの弱い僕です。

 

ではまた。

ご機嫌よう。

 

 

※ 「サントーシャ」とは、八支則の二つ目の支則であるニヤマ(こういうことした方がいいよ、という教え)の一つで、「足るを知る」という教えです。

 

第一の支則

・ヤマ(こういうことはしない方がいいよ)は5つの教えで構成されています。

 

第二の支則

・ニヤマ(こういうことした方がいいよ)も5つの教えで構成されています。