何を見る?

2021/09/20 ブログ
橋

数日前の朝の練習中に、パーダングシュターサナとパーダハスターサナをやっていて、ふと「あれ?これってひょっとしてこういうこと?」という発見があって、久しぶりにウキウキしました。まさかスタンディングの最初の2つで今更新しい発見があるとは思ってもみませんでした。ただの僕の発見なので、みなさんにお伝えするほどのことでもありません。いやー、楽しいわー

 

 

 

スタジオを始めて何年か経った頃、昭和の最後くらいの年式の安いジムニーを買いました。それまでジムニーという車のことは何も知らなかったし、全然興味もありませんでした。何がきっかけだったか忘れましたけど、ジムニーに興味を持ち、購入したんです。それからジムニーが大好きになりました。全然スピードは出ないし、真っ直ぐ走らないし、コインパーキングに入ろうと思ったら窓が凍っててチケットを取れないことは多々あるし、高速を走ったらエンジン音とかロードノイズがうるさくて音楽はほとんど聞こえないし、峠を越えるのなんてエンジン焼けるんじゃないかと思うほどきつそうだったけど、乗るのが楽しくて嬉しくてしょうがない車でした。

 

そうやってジムニーに興味を持った途端、世の中にはこんなにジムニーが走っていたんだ、ということに気づきました。意識的にも無意識のうちにも、ジムニーのことを探していたんだと思います。

 

そういうことってありますよね。意識をした途端見えてくることって。僕はアシュタンガヨガをするとき、なんだかんだ言っても、新しい発見をしたいのだと思う。それが根底にあるから、ちょいちょい見つけられるんじゃないかなぁ。何かができるようになることは嬉しいですが、それよりずっとずっと発見が楽しいし嬉しい。

 

 

今日は発見のことが書きたいのではなくて、見たいものを見ようとした方がいいんじゃない?ってことです。

 

自分が良い気分になりたかったら、そうなれるものを探した方がいいし、嬉しい気持ちになりたかったら、それなれるものを探す。誰だってネガティブな1日を過ごしたいわけはないはずなのに、ネガティブな情報って入ってきやすいし、意外と自分で見に行ってたりもする。だから、気付かぬうちにネガティブなものを見る目の方が養われてくる。

 

だけどそんなの嫌じゃないですか。良いことを見つける目を養いたいし、その力をこそつけたい。おもしろいことでも、楽しいことでも、嬉しいことでも、美しいものでも、何でもいい。

 

そのためには意識的にやるしかないと思うんです。これも練習次第で何とでもなるはず。気をつけたいのは、一時的には誰だってできるということ。ヨガでも何でも、自分の一部にならないうちにやめちゃうと、どうしたって楽な方に戻ってしまう。それがダメということではないですけど、戻るときっと楽しくないですよ。

 

 

先人や先輩たちが残してくれたヨガの智慧を大事にしながらも、自分の好きや楽しいも大事にする。あまりに「〜すべき」にとらわれるのはつまらないけど、ヨガの教えを無視して自分の好き放題やっても恩恵は受けられない。良い塩梅でやるのが吉じゃなかろうかと思ってマイソールでは細い目で眺めています。

 

 

明日はどんな楽しいことがあるでしょうね。

それではまたー。