ただの

2021/11/03 ブログ
午前の光

こだわりって必要なのだろうか。

 

物やサービスを提供するお店で、こだわりを謳わない店はあまりないように思う。SNSで宣伝しているお店で、何のこだわりもアピールしないようなお店に人は行くだろうか。僕自身はアピールされた何かに惹かれたら行くのだと思う。

 

僕も以前は結構こだわっていました。ここのところは他では教われないよ、みたいに。アピールはあまりしませんでしたけど。今でもホームページで「元整体師」といかにも体のことに詳しげなことを書いています(アピールしてるやん)。実際に解剖学的なことを話したり、機能解剖学の観点からアドバイスをしたりしていました。それがいくらか役に立った人もいるかもしれない。

 

だけど、最近はそういうものはバックボーンとしてあるにしても、あまり表には出してこなくなったし、他にもささやかながら持っているこだわりは、全面に押し出すことをやめました。

 

こだわりがヨガをする人の助けになるなら出せばいいし、正しいことであっても、今その人の助けにならない、邪魔をするようなら出さない方がいい。シンプルにそう考えるようになりました。そうやって自分のこだわりを奥の方にしまっておくようにした結果、僕自身が以前より自由になれた感じがしています。

 

こだわりというのは、その人にとっての正義みたいなものだと思う。それを否定されれば気分は良くないし、正義を通そうとすればぶつかりもする。曲げられない信念であれば通せばいいと思うけど、僕にはそんな信念はない。大事なのは僕の信念ではなくて、ヨガの教えとそれを学び実践する人。

 

ヨガって何だろう?この人のためになるヨガってどんなだろう?といつも考え、ちょこっと学び、日々実践していくと、僕程度のものが持っているこだわりなんてさっさと奥のほうに引っ込めた方がいいねと思い至った次第です。

 

自分を通す以上は影響がゼロとは言えないけれど、できるだけ色をつけずにお渡しできたらと思っております。

 

 

思い上がるな、自分。

控えろ、自分。

ただの仲介者だぜよ。