居心地の悪さ

2021/11/29 ブログ
腕毛すごい

昨日、大衆中華料理屋で昼ごはんに食べた麻婆豆腐が衝撃的でした。山椒(花椒?)だと思われるスパイスが効き過ぎてて、次の一口を躊躇うほど。辛いわけではなくて、独特なあの風味。

食べたくないー。でもほとんど手をつけないのは申し訳ないし…。食べないのも勿体ない(貧乏性)。気合いでほぼ完食しましたが、食べ終えた頃には胃が変な感じになってました。

780円の普通の麻婆豆腐です。

 

 

 

レシピ通りに料理を作っても口に合わないことありますよね。濃かったり薄かったり。そう感じたら、次回から自分に合うように微調整するでしょう。

 

アーサナも同じで、すべての人が同じやり方でしっくりくるわけはありません。そんな時は、微調整をしていいと思います。

 

だけど、麻婆豆腐を作るのに、豆腐が好きじゃないからと豆腐抜きにしてしまったら、それはもう別の食べものですよね。微調整の範囲を超えています。

 

人それぞれ違うのだから、調整するのは当然ではないか、と思われるでしょう。僕は今はそれでもいいか、と思うようになりましたが、以前は僅かな調整を除けば、それに否定的でした。意外ですか?

 

僕の考えはこうです。心身を整えることを最優先事項にするなら、人に合わせて調整があってもいい。だけど、自分を知るため、許容範囲を広げるため、今までとは違った体に変化させるためには調整は最低限に、です。

 

アーサナをしたときに、現時点の自分の体ではやりづらいものは多く存在します。そのとき、安易にやりやすいように変えてしまうなよ、と思うのです。そのやりづらさだったり、居心地の悪さが教えてくれることが必ずあります。その中で考え、もがいていると、あるとき光明が差します。言葉通り、光が差す瞬間があるんです。ピカーンって。今まで何度も言っていますが、僕にとっては至上の喜びであり楽しさです。

 

自分の体に合わせて勝手にアレンジしてしまえば、それは楽です。良く言えば、余計な負荷が掛からないので、痛みもないし、居心地の悪さも少ない。だけど、発見もないし、そこからの変化もない。

 

模試みたいなものかもしれません。模試の目的は高得点を獲ることではなく、そのときの自分の実力を知ること。どこが理解できていて、どこが分かっていないのかを知ること、ですよね。

 

ヨガのアーサナも同じだと思うんです。入試のない模試の連続。最初は分からないこと、解けないことだらけで、得点も低いです。それは辛いことだし、逃げ出したくもなるでしょう。だけど、そこで自分を知り、もがいていると、少しずつ分かることが増え、解けるものが増えてきます。

 

国語・数学・英語・理解・社会の5科目あれば、人によって5科目全部が伸びていく人もいれば、数学だけが突出していく人もいます。変化は遅くても着実に実力をつけていく人もいます。それこそ人それぞれです。アーサナもいろんな教科の集まりみたいなものです。バックベンドが得意な人がいれば、股関節を開くのが得意な人もいる。どんだけ練習しても伸びてこない体もあります。それが個性だと思います。

 

先生が、「この子はこれが苦手だから、この子が高得点を出せるようなテストにしよう」と子どもそれぞれに合わせてしまったら、子どもはテストで高得点を出せて気分は良いでしょうが、ずっとそのままの実力でしかないと思います。

 

 

だけど。

許容できる範囲も人それぞれです。そのままで!と言われても辛すぎる人がいることも確か。そういう人には、豆腐抜き麻婆豆腐にならない程度に、アレンジを提案します。それを自分勝手にやってしまうと、たまに麻婆になってしまう人が出てくるんです。見ていればある程度分かりますので、ご自分で分からない場合は相談してください。

 

もう一つ、だけど。

ヨガをする目的も人それぞれ。居心地の悪さは日々の生活だけで充分。ヨガでは心身に負荷をかけずに、ただ癒したいという人もいるでしょう。そういう人は、その人の許容範囲内で心地よくできるようにやったらいいと思います。僕は口出ししません。

 

 

というわけでまとめ!

心身を鍛えたければ、居心地の悪さに耐えなはれ!心身の痛みに耐えなはれ!安易にアレンジするのはやめなはれ!

 

現状で整え、癒したければ、自分の許容範囲内でやりやすいように調整しなはれ!

(あくまで小林規格)

 

 

 

どこの言葉か分からん言い方で締め。

相変わらず長い文章だな。全部読む気せんわ。