アイーンとゲッツと。

2022/03/30 ブログ
じーーーっ

志村けんさんに関する記事を読んでいて、興味深かったのでここに書き記しておきます。

 

 

 

志村の故郷、東京・東村山で、小学生時代から60年以上にわたって親交を温めてきた角田英光さん(71歳)が語る。

「私は志村が東村山に帰省する度に、一緒に酒を飲んでいました。あるとき、志村が『不思議なもので、ギャグが本当にウケ始めるのは自分がそのギャグに飽き始めてからなんだよ』と呟いたことがあったんです。

同じギャグでも、やり始めは無駄な動きやセリフが残っている。何度も繰り返しやっているうちに完成形に近づくというのです。

もうこれ以上はそぎ落とせない、自分でも飽きてきたというほどやり込んだときに、ようやく世の中がそのギャグを受け入れてくれる。『自分で飽きながらも、その「飽き」を受け止めて続けられるかどうか。その根気が肝なんだ』と語っていました」

 

 

 

ギャグってそういうものなんですね。以前、何かで聞いたか読んだことで、記憶が曖昧なのですが、これに似たことをダンディ坂野さんのことで言っていました。

ダンディ坂野さんと言えば、

 

ゲッツ!

 

これです。これだけだと言ってもいいくらい。代名詞ですよね。もうずっとこれをやり続けているようなのですが、「ゲッツ!」が来ると分かっていてもウケるんですって。その場の誰も浮かばないような発想の発言で笑いを取るのなら分かります。それしか来ないのが分かってるのにウケる。

 

そのことを話していた芸人さんが言うには、タイミングとキレがどんどん良くなっていて、職人芸のようだと(そもそも「ゲッツ!」の何が面白いのか分からない、と言う人はいるでしょうが)。

 

 

僕の関心はもう何年も前からこういうことにあります。同じことを何度も繰り返した先にあるものや、奥にあるもの、深いところにあるもの。まだ今の自分の感度では受け取れていないもの、そういうものが自分の中にあるとすれば、それを知りたい。

 

それは柔らかさとか強さとか、そういうことではありません。知りたいと思って修練した結果として得られる柔らかさや強さは歓迎しますが、それを目指してはいないです。いつかやり方は変わるかもしれない。いわゆるアーサナではなくて、座るだけになるかもしれない。いつかはコントロールすることすら止めなきゃ知り得ないところに辿り着いてみたい。

 

ただそこに関心があるだけです。