心から思うこと

2022/11/27 ブログ
モノトーン

最近の通勤はイヤホンをして歩いています。純正のイヤホンを使用していますが、耳の穴の形が合わないのか、簡単に落ちてしまいます。

思わぬところにも個性があるものですね。

 

 

 

改めて書きますけど、僕はマイソールスタイルというヨガのやり方が、最高に素晴らしいと思っています。自分のペースでヨガができるなんて、他にはあまりありません。

 

自分を成長させることができたことの中で、最も良かったと感じていることは『許容範囲が広がった』というところです。これは自分を自由にしてくれたし、人の助けにもなれるところだと思っています。

 

その許容範囲の広がった僕がいま思うことは、今までよりもっと幅広い人たちにアシュタンガヨガの(マイソールスタイルの)良さを伝えられる、ということ。

 

いま整えヨガに来てくれている人が、マイソールスタイルでアシュタンガヨガをやりたいと言ってくれたら、僕は全員を案内できると思う。理想形を知った上で、許容できる範囲がぐーんと広がったから。

 

先日、お隣の部屋で国語専門塾みがくを運営している坂本塾長がブログでご自分のホットヨガでの経験を書いていたんです(https://ameblo.jp/kokugo-migaku/entry-12776315508.html  僕のことをヨガマスターと書いているところは完全にスルーしてください。まったく違いますから)。このシャバーサナでのことも、身体的なことを解決できるアイデアは持ってないけど、もしこれがマイソールスタイルだったら、ただシンプルに「急いで起きなくていいんだよ」の一言で終わりです。他人に合わせなくていい。そもそもみんながバラバラにヨガしてるのだから、合わせるも何もない。自分の体の準備が整ったと感じたら、ゆっくり起きればいいだけ。それが一般的なヨガクラスではやりづらいですよね。本当はやっていいんだけど、やっぱり無理してでも起きちゃう。

 

自分のペースでやればいい。その度量のデカさがマイソールなのだと思う。でも、以前の僕は許容範囲が狭かったし、原理原則に厳しかったから、マイソールの良さをうまく活用できなかった。余分な呼吸入れるなー。一息で動けー、って。鬼か。

 

生意気なことを言わせてもらうと、僕はアライメントの意味を知っています。ルールを知っているから、ルールに縛られる必要がない。それを知らない人は、誰かが決めたルールに従ってないと、そこからはみ出したときのデメリットに対処できない。

 

もう何度も書いている、ダライ・ラマのこの言葉。

 

「適切にルールを破るために、ルールを学びなさい。」

 

僕が何度も「だいたいでいい」と言うのは、適切にルールを破ることを学んだからです。適切でないものには、「こうした方がいいよ」と伝えます。そして、原理原則に厳しく練習してきたからこそ、そこからはみ出すことのデメリットも分かる。そのデメリットがデメリットになり得ない人がいることもよく分かる。それが分かってしまえば、どちらにも対応できる。目くじらを立てなくてよくなる。

 

 

 

アシュタンガヨガやマイソールスタイルは自分はできない(好きじゃない人はどうしようもないけど)、という人に、めっちゃ大事な真実を一つ教えたい。これは最近ホームページにも書いたんですけどね。

 

ムーミン谷のリトルミイさんがこんなこと言っているらしいんです。

 

「ひとつずつ。ちょっとずつ。

 あのね、一気に沢山やろうとするから

 やる気なくなるのよ」

 

 

僕はムーミンを観たことないので本当にこんなこと言ったのかどうか知りません。何かで読んだので引用してみました。リトルミイさんが言っていようが、言ってなかろうが、これはアシュタンガヨガにおける真実です。

 

 

 

僕は本当はマイソールスタイルでヨガを伝えたいんだ。それだけでいいんだ。

 

アシュタンガヨガはいいぞ。

マイソールスタイルはいいぞ。