金言いただきました

2026/02/23 ブログ
朝はキレイが多い

今朝、滑って転んで尻餅ついて、右手で衝撃を受け止めました。一瞬、「右肩!お前もか!」ってくらい痛んだんですけど、今は落ち着きました。

 

 

 

僕が勝手に薄着の師匠と呼んでいる人がいます。「この寒い中をその格好で来たんですか?」と驚かされることが何度もありました。僕は外出時はまったく寒くない服装で出掛けていたので、露出している顔は冷たいけれど、寒くはないのが日常でした。だけど、師匠を見て、僕は自分を甘やかしすぎているのではないだろうか、と思い始めたのです。

 

そこで、師匠を見習って薄着にしてみたところ、薄着初日は寒く感じましたが、数日続けていたら、ほとんど気にならなくなりました。やっぱり甘やかしていただけだったんだ。ゴツいダウンはメルカリで売っぱらいました。もう薄手のものしか残していません。

 

薄着派になってしばらく経って、普段通りの薄着の師匠に、帰り際に聞いてみたんです。「寒くはないんですか?」と。師匠は答えました。

 

「少し寒いけど平気」

 

これだと思いました。師匠は私めに金言を与えてくださったのです。

 

「平気」という言葉を使うとき、大抵は状況的にややストレス(刺激)を感じています。「だけど、平気」なんですね。なーんにもストレスを感じない状況というのは、刺激がないので、自分の体も心も何にも備えてないし、対処もしないし、結果変化もしない。

 

あらゆる状況でストレスを感じるのは嫌だけど、「ここは」というところでは、「平気」という言葉を使うくらいには適度にストレスを与えた方がいい。

 

僕がするアーサナの練習は正にそうです。ちょっと辛いけど平気、少し痛いけど平気。平気と言える基準はやっぱり呼吸でしょう。呼吸ができていないアーサナは、平気とは言えない。5呼吸かろうじでできる程度は平気とは言わない。平気というのは20呼吸も30呼吸もできるようになってからだ。5呼吸くらいなら耐えればいい。耐えるくらいのときもあります。なんとか形になった、というときなんかは正にそれ。だけどそこで深い呼吸をする練習を何度も何度も繰り返していると、少しずつ平気になってきて、30呼吸でもできるようになる。それがスッカムという状態ではなかろうか。

 

以前のブログで書いた、加藤諦三先生のいう「無理をする」アーサナは、間違った動機に基づいたやり方をするので、呼吸は基準にならずに、形や深さが基準になる。それは時に平気じゃないほどの状況を作り出すし、結果的に怪我や痛みに繋がると思う。

 

「平気」とは気が平らと書くでしょ。つまり心が鎮まって平穏な状態。それってヨガの目指すところだと思うんです。ちょっとストレスがあるたびに心が乱れていたら、自分がしんどい。寒くて乱れて、暑くても乱れて、嫌なことがあったら乱れて、腹が減ったと乱れて、SNSを見て乱れて、乱れまくりじゃないか。まぁ人間らしいかもしれんけども。

 

 

最初から強い刺激に対して平気にはなれないのだから、少しずつ自分を鍛えて、ストレス耐性をあげていくしかない。サントーシャだ、アパリグラハだとか、そんなヨガ用語を持ち出さずとも、日本に昔からある言葉でだいたい通じるじゃないか。

みなさま、ご唱和願います。

 

『〜だけど平気』

 

チッ!と言いたくなったら思い出して。

チッ、……だけど平気

 

お師匠さま、ありがとうございます。