2026/04/26 ブログ
栞

この写真は何を表そうとしているでしょうか。指と指の間の栞。

 

関係ないですけど、栞の語源を調べたら、『山道で目印として木の枝を折ったことに由来しており、読みかけのページを示す「道しるべ」という意味からこの漢字が使われています』ですってよ。別表記では「枝折」と書くみたいです。なんか素敵だ。

 

 

話を戻します。今まで誰かには話したことがあったと思うのですが、これはウルドヴァ・ダヌラーサナのイメージです。説明します。どっちがどっちでもいいんですけど、ここでは左手の指がウルドヴァ・ダヌラーサナにおける『腕』、左手の指が『脚』、そして栞が『上体から骨盤まで』だと思ってください。

 

このやり方が正しいと言っているのではありません。こういうアプローチの仕方も一つの選択肢として持っておけるといいのではないか、くらいのことです。

 

前提は分かってもらえましたね。これで何を一番伝えたいかというと、ウルドヴァ・ダヌラーサナにおける上体と骨盤なんて、腕と脚の言いなりでいいでしょ、ってことです。

 

栞は自分では動けません。紙ですから当然ですね。だけど、指の使い方次第で写真のように反ったり、真っ直ぐに戻ったりするわけです。身体は紙ではありませんから、まったく同じにはなり得ません。ですが実際この「手脚の言いなり」のイメージで上体から力を抜いても、ちゃんとウルドヴァ・ダヌラーサナは成立します。成立するどころか、ガチガチに力を入れているやり方より、ずっと楽だし、人によっては柔らかく反れると思います。

 

ただし、マットから背中を持ち上げたり、最初のウルドヴァ・ダヌラーサナの形に持っていくまでは、背筋の力が要ります。でも一旦上がって仕舞えば、あとは吐く息とともに、お尻や背中から力を抜いても、形は崩れません。力をゼロにはできないと思いますけど、大幅に減らすことはできます。

 

で、指が栞を押す角度に微妙に変化をつけると、栞のしなる形が変化します。具体的にウルドヴァ・ダヌラーサナでいえば、脚がマットを押していく角度を微調整すれば、上体のどこに開く力を加え、背骨のどこら辺に反る力を加えられるかが変化するのです。腕からのアプローチも同じですが、まずは脚でしょうね。

 

 

話は少し変わりますが、僕は練習の最初にいきなりウルドヴァ・ダヌラーサナをやることがあります。僕にとって練習は、練習であり実験なので、普段やらないこともやってみます。

でね、いきなりウルドヴァ・ダヌラーサナなんかやっても、分かりかったことですが、反れない。練習の最後の方にやるときほど反れないし、きついし、身体はかたい!だからこそ練習になる。まずは冷静になることです。いつもと同じを目指そうとすれば、必ず余計な力みが出てきます。そして呼吸は浅くなり、余計にきつくなる悪循環です。だから、冷静になって、がんばらない。呼吸とともに、身体は手脚の言いなりだと言い聞かせ、力を抜く。徐々に呼吸を深めていくと、ちゃんと抜けてくるし、身体はそれに反応してくれます。

 

身体は栞のイメージを持ったとしても、心が強情だと、まず上体からは力みは抜けません。結果、ただかたくしんどいアーサナになってしまう。言いなりになりますと言っていながら、強情に自己主張してたら、それは言いなりになれていない。頭と心を柔らかくできて初めて、身体も柔らかく反応してくれると思います。

 

 

 

選択肢の一つとしていかがでしょうか。

簡単ではないかもしれません。押す方向の微調整、呼吸を深めること、力を抜くこと。それらを良い塩梅でブレンドして、自分なりのものを見つけてください。

 

 

ではまた。